育児漂流2.X

育児漂流 記憶と記録

むかしあそび なやましきもの

小学一年生の生活科に「むかしあそび」というものがある。

 

昔遊び……けん玉とか、お手玉とか、あやとりとか、おはじき、そういうのを授業でやるんだよね。
タイミングとしてはちょうどこの時期。年があけてしばらく経った頃だったと思う。
子どもらが通っている学校では、例年、地域からシニアのボランティアの方がいらして、そういった昔遊びの講師をして下さる。
これは大方のお子さんにとっては楽しい授業だと思う。けれどまあ、たまに。そう。たまに、ね。楽しめない子もいるのだ。現在小4のうちの兄さんのように。
この手の昔遊びが物凄く苦手な子はいるものだ。けん玉、お手玉、あやとり……どれも普通に器用でないと、というか、協調運動が苦手だと厳しいものだ。 
そういうわけで、身体の動かし方がいまいちよくわからないタイプの彼にとっては、なかなか厳しい授業だった。

3年たって、娘の方にもそろそろ同じ季節が巡ってきそうなので振り返ってみる。

 

***

 

この授業については実際の様子を見たことがある。公開授業だったのだ。
いくつかの昔遊びを班ごとに順番に体験していく授業だった。

 

まずあやとり。隣の子とペアを組んで簡単なものにチャレンジする。ちなみにボランティアの方は複数いらしていて、マメにサポートをしてくださる。うまく出来ない子のところにはよく回ってきてくださる。それで彼のところにも良く来てくださる。
けれど、一通りのことを説明されても、なかなか彼は差し出されたあやとりに手を出さない。どの糸を取ったらいいのかわからないのかもしれない。または「この糸を取って」と言われて「取って、それで……?(その後をイメージできない)」となっていたのかもしれない。
その辺りは今となっては分からないけれど、とにかく彼のペアは殆ど固まったまま(たまに首をかしげながら)ほとんど動きがないまま終わった。

続いておはじき……これはペアを組んだお子さんが自分一人でおはじきをはじくことに集中し始めたので、彼は手持ち無沙汰になったようだ。そのうち彼も一人でポチポチとおはじきをはじいて、そのうち終了になったように記憶している。
ボランティアの方も、あやとりやお手玉など、よりヘルプが必要なものに挑戦している子の側についておられたのかもしれない。
中には女の子同士でかなり盛り上がったペアもあったようだけれど、彼らについては不完全燃焼のままで終わった。

 そしてお手玉。(その日はけん玉はやらなかった。スペースの都合だろうか? 保護者も来ていて狭い教室で、あの玉が飛び交うのは危ないのかもしれない。)
彼にとってはこのお手玉が特に良くなかったようだった。
「できない」。
子どもたちの中で彼だけが明らかに「できない」。
未経験の子が多いので無理はしない。両手に一つずつお手玉を持たされて、右手のお手玉を上に放り、その間に左手のお手玉を右手に移動させる。基本的なものに挑戦する。
大体の子が出来る。多分この日初めてチャレンジしたのではなくて、授業で事前に練習のようなものもしていたのだろうと思う。
けれど彼は右手のお手玉を放ったまま左手が動かない。
そのまま右手で受けたり、床に落としたりする。
見かねたボランティアのご婦人が彼の側にやってきて見本を見せて下さった。
「こうするの。」
右手のお手玉を上に放り、その間に左手のお手玉を右手に移動させる。
けれど彼は右手のお手玉と左手のお手玉を同時に放った。
「そうじゃなくて……。」
けれどもやっぱり彼はお手玉二つを同時に放ってしまう。
「……。」
これを何度か繰り返したところで、ご婦人の顔が引きつった。
(何でこんなことができないの……!?)という心の声が聞こえてきそうな、あるいは(もしかしたらこの子はふざけているのかしら……!?)とでも言いたいのかもしれないような、明らかにイラっとしている様子。やりとりが険しくなる。
けれど彼はふざけているわけではない。大まじめだ。
どうしてもやり方が分からないものをやらされているのでモチベーションは下がっていると思うけれど、ふざけてはいない、はずだ。

それにしても件のご婦人の「何でこんなこともできないの……?」という圧。
あれはとても嫌なものだ。この圧を全く受けずに生きて行ける人は少ないと思うけれど、私も経験している。特に実母からの圧がキツかった。母自身に「教え下手。伝え下手。」の傾向があったので、なおさら。(そして、伝え方が下手な人間ほど「何でこんなことも出来ないの?」を言いやすいものだ、ということは自らの肝にも銘じるところだ。話が逸れた。)

ちなみにこの平成~令和の世で学校の先生がこういう圧を掛けることは、うちの子らの学校についていえば、ないと思う。彼は協調運動が苦手なので、特に体育の授業では出来ないことも多い……。でも彼は体育の授業が嫌いではない。むしろ好きらしい。
ボランティアのシニアの方々は、子供の相手はお好きでいらっしゃって、多分得意でもおありなのだろうけれど、こういうイレギュラーな傾向のある子の取り扱い方についてはあまりご存じないのかもしれない。
けれど、先生方はその辺りをちゃんとご存知なのだということかもしれない。少なくとも、息子が大まじめにやっているのにこういう様子だということは、先生方はよく理解して下さった上で、彼に接してくださっているという実感がある。これまでの四年間、ずっと。


先日、息子に「そういえばあの授業ってどうだった?」と三年越しの感想を聞いてみたら「一年生のとき、一番しんどい授業だった」と彼は振り返っていた。
「そういえば、あの授業のせいでしばらく地域のおばあちゃんたちが怖くなったよ……。ボランティアの人、めっちゃ怖かったよ……。」
などと語っていたっけ……。
けれど、多分ほとんどのお子さんたちにとっては、これは楽しい授業なのだろうとも思う。なやましきもの。
「仕方ない。これも経験だ。」
世の中にはそういうこともある。

 

娘も昔遊びは苦手そうな感じがする。けれど今年はもしかしたら、こんな情勢なのでボランティアの方はいらっしゃらないかもしれない。
先生や友達と一緒に、それなりに楽しく過ごせたらいいね、と、思う。

 

ちなみに、苦手だらけの昔遊びの中でも、彼は折り紙、特に現代折り紙(いわゆるコンプレックス折り紙と呼ばれるもの)だったら、ボランティアのご婦人たちを唖然とさせるレベルの腕前だ。
強気な表現だけれど、これは賭けたっていい。それぐらい彼は自信を持っていい。
彼はこの「むかしあそび授業」のおよそ半年後、夏休みの自由研究で「ツル星人」を折ることに成功している。

けれどこの授業では折り紙はやらなかった。残念だったね。

 

***

 

でもさ。ツル星人が攻略できるのに、あやとりが良くわからないって珍しい子じゃない?
彼の能力は偏っているのだと思う。けれどそこに可能性のようなものもあるんじゃないかと思う。

 

 

 

 

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友人を見送る⑧矜持について

 

私たちの仲間には責任のある立場でやりがいのある仕事をしている人がいる。若い人たちの教育に関わる仕事だ。彼女はシングルで子供を産み、立派に育てている。知的で情に厚く、フットワークが軽い。Yちゃんの病気のことを私に報せてくれたのも彼女だ。Yちゃんは彼女のことを尊敬していたと思う。そしてきっと憧れもしたと思う。Yちゃんはよく彼女のことを話題にしていた。

自分とは全く違った生き方。スケールの大きな人生。若い人達を育て、沢山の人と関わり、広い世界とつながりながら働く……。本当に眩しいような生き方だと思う。
そういう生き方に辿り着くためには、本人の能力や資質、努力はもちろん必要だけれど、良い環境や幸運も必要になるだろう。全てが揃ってこそ可能なのだと思う。
彼女はいわゆる「選ばれた人」だと私は理解している。そのように生き、働くべく選ばれた人。Yちゃんもそう思っていたようだ。

「人には生まれながらに与えられた人生の器のようなものがあって。わたしと彼女とでは違うのよね。」

Yちゃんが何度もそういう話をしていたのを覚えている。Yちゃん自身に言い聞かせるような、確認するような言い方だった。自分が選ぶことがなかった人生へのあこがれのようなものも滲んでいた。彼女のような生き方をしてみたくもあったのかもしれない。けれどそういう人生ではなかった。そういう運命だった。そういう呟きのようなものを何度も聞いた。

「結婚して、そして子どもが生まれてからは、家族のため、特に子どものためだけに生きるしかなかった。全てをやり切れたわけではないけれど、まだまだこの先、しなきゃいけないこともあるのだけれど、これまでわたし、頑張ったよ……。」

 

けれど、そういう運命の上で、Yちゃんは自分に与えられたものをやりきろうとしていいた。いや、「やりきろうとしていた」ではない。過去形ではない。
病気が進んで残りの時間が少なくなってきても、未完のタスクをやり切ろうとしていた。

Yちゃんが自身の子どものためにしてあげたいこと。しなければならないと思っていたこと。子どもたちの生活を整えたり、将来の進路について考えたり……。自分がいなくなった後で、子どもたちの生活の細かい部分を気にしたり、考えたりする人がいなくなってしまうことを、Yちゃんはとても心配していた。Yちゃんは家の中のこと。子どものこと。その全般をしっかりやるタイプの人でもあった。
「この先、わたし以上にこの子らに深く関わって、生活や気持ちを支えてくれる人はいないのではないか――?」
それは当然の心配。実際に難しいことでもあるだろう。
それをわかった上で、冒頭の彼女に子どもたちの将来について相談をしていたようだ。たくさんの若い人たちを見てきた彼女だからこそわかること、語りうることがあって、Yちゃんはそれを必要としていたのだと思う。相談を受けた彼女も、Yちゃんの思いが具体的な何かとなって実現するよう懸命だった。
けれど彼女も、私も。仲間たちは皆、Yちゃんの友人であって、そして友人でしかなくて。しかも距離は遠くて、Yちゃんのため、本当に実現できることは限られている。

(もし距離が近かったなら、お子さんの生活のサポートができた。例えば私ならば、雑であっても弁当を作ったり、体育帽の伸びたゴムを取り替えたり。放課後はおやつを食べさせたり、宿題をさせながらうちで過ごさせたり……。ささやかだけれど、それなりに”効く”アクションが出来たかもしれない。)

 

Yちゃんがしようとしていたことは何だったのだろうか。体調の悪化につれ、生きて、ながらえていることだけが全てになりつつあるこの状況で。
それは具体的に何かをする事ではなくて、Yちゃんが去ったあとの世界に、お子さんたちのための道しるべのようなものを残しておくことだったかもしれない。
そしてあとはもう、一日でも先の未来を見ること。そのことが徐々にYちゃんの全てになりつつあった。病気が進行してくると、ただ生きるだけで、生きるための処置を受けるだけでどれだけ心身を消耗するか……。
そんな状況でも特にYちゃんが強く願っていたのは、お子さんの小学校卒業、そして中学校への入学を見ることだった。式典への出席についてはこだわってはいなかった。もう、そういうものには行かれないだろう、無理だろう、とYちゃんは言っていた。けれどただその瞬間にそこにいたい。お子さんのその瞬間に存在していたい。そういう思いだったのではないだろうか。

Yちゃんの未完のタスク。生きること。そこにいて、少しでも先の未来に辿りつくこと……。

 

 

Yちゃんが懸命にやってきたこと、生きてきたことについて、そんな奇跡、ご褒美のようなものが手渡されてもいいのではないか。それを受け取ることを許されていいのではないか……? 私もそんな風に祈った。

こんなやり取りを振り返っていると気付く。
Yちゃんがどれだけ母親であったこと子どもを育てたことに矜持を持っていたかということに。
自分の手もとにある世界に自身の全てを捧げ切ったこと。それを自分で認め、肯定していたことに。

これは難しいことだ。少なくとも私の感覚にはそういうものはまだない。
これはいつか手にすることができるものだろうか。
Yちゃんは私がYちゃんと同じように家庭と子どものためにしか生きられていないことを肯定してくれたけれど、私はYちゃんのように「出来る」わけではないのだ。むしろ「駄目」な側に近いという意識がある。それに、長らくリタイア状態であることにも負い目を感じたままだ。だからYちゃんが私を肯定してくれるたび、居心地の悪いような胸が痛むような思いがあった。本当のところ、ちょっと逃げ出したいような気持ちまでしたものだ。私はいまだにおっかなびっくりで親というものをやっている。

でも、もしかしたらYちゃんだってそうだったのかもしれない。
それでも自分の努力を認められるほど、許せるほど、Yちゃんは自分の運命を懸命に走りつづけたということなのかもしれない。

 

 

 

 

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友人を見送る⑦対話<Ⅱ>

 

私はYちゃんを傷つけるのが怖かった。

今まさに私の目の前で人生の最終コーナーを回って、そのまま遠くに走り去って行こうとする人。そんな人が考えていることや感情は、どれだけ想像してもはっきりとはわからないもの。だからその人を傷つけないようにするには、一線を引いた付き合いをするしかない。そして相手を傷つければ、また、相手を傷つけたのではないと不安になれば、自分も間違いなく傷つくもの。
そうであればこその「正しい接し方」だ。これについては、少し調べれば知ることが出来る。相手を傷つけず、自分も傷つかないための接し方。踏み込まずにいたわり、よりそうための技法……。
自分が傷つかない、または傷つきすぎないというのはとても重要なことだ。
誰かと自分との間に境界を引いて付き合う。それは悪いことではない。むしろ、そうしたほうがいい場合の方が多いかもしれない。
でも私はそれができなかった。

Yちゃんが連絡をくれるたび、無事でいてくれたことに安心すると同時に緊張感も感じた。傷つけられない、間違えられない、という思い。けれど、そう感じた時点で私は根本的に「間違えて」いたのだろう。
人生の意味とか価値とか、またはこれまでやってきたことに対する矜持とか。Yちゃんの対話からは、そういうものを表す言葉がよく出てくるようにった。最後の帰宅を予定より早く切り上げて病院に戻ってから、その傾向はますます強くなった。

 

 

Yちゃんが病院に戻ってからは、ショートメッセージでのやり取りが増えた。
本来ならメールLINEでやりとりするようなことを、私たちはショートメッセージでやっていた。それはYちゃんがガラケーを使っていたからだという理由が大きいと思う。
そして、メールもまとまった分を打ち込むのは負担が大きいと言っていた。画面が小さくて見にくかったり、体力が落ちてしまっていたりで。けれど、短い文を打ち込むことは、まだできるようだった。

携帯の機種を変えても、ショートメッセージの履歴が残っているというのは有難いことだ。おかげで、今、Yちゃんが送ってくれたメッセージを読み返すことができる。

 

***ちゃん(注:私のことです。)いつもありがとう。
***君と***ちゃん(注:子どもたちの名前)の声を聞くたびに***ちゃんの母性愛を感じます。

そしてきっとそれは元来***ちゃんに備わっていたのだけど、私は学生時代には気付かなかったのかな。

今***ちゃんの愛情をいつも電話のたびに感じます。

 

子どもたちが冬休みに入ってすぐに、こんなメッセージをもらった。
私はちょうど子どもを習い事のようなものに送って行ったあとで、それが終わるまで少し待ち時間を消化する必要があった。それで近くにあったマクドナルドに入って、返事を送って、そのまま少し文字でおしゃべりをした。
このメッセージは、最初に目にしたときとても動揺した。今見返しても同じような気持ちになる。

私は息子に対しても、娘に対してもグダグダな子育てをしてきた。
「普通」の親子ならば行かないようなところに行き、しないようなことをしてきた。駄目な部類の親だと思う。この辺についてはYちゃんにも話してある。
また、特にこの時期は、娘の転園やら就学時健診でのあれこれやらを経験したあとで、かなりの人間不信に陥ってもいた。
味方であるはずの人を含め、周囲の全員が私の「駄目探し」をしているような感覚。そういう目で見られているような感覚がいつもあった。
そんなときにこんなメッセージをもらったら動揺するに決まっている。

Yちゃんは、子どもたちが家にいる時間に電話をくれることがあった。子どもの声が聞きたいと言って。子どもたちが会話に割り込むのを面白がってくれた。そして、子どもたちが、お行儀悪く、やりたい放題の様子を聞いて、感動するのだ。何でもYちゃんの中では、私は教育ママとして、お行儀のいい子を育てているようなイメージだったらしい。それが違った。子どもらしい子どもを育てている、と。
それから、Yちゃん自身には「結婚して、子どもを持って……。」という人生のイメージが学生時代からあったけれど、私には当時そういうものがなかった。
だからYちゃんにとっては、「一人で生きていくイメージしか持てなかった友人が、母親になって、母親になったというならば、教育ママだと思っていたのが全くそうではなくて……。」と二重の驚きがあったようだ。このメッセージの背景にはそういう経緯もある。
けれど私には、私自身の「母性愛」というものが良くわからない。「愛」だけでも大変なことだけれど、そこに「母性」が付くと更に難しくなるような気がした。はたして「母性愛」が自分の中にあるのだろうか? もし私に「母性愛」があったならば、こんなにグダグダした状態にはなっていないのではないか?
「駄目探しの視線」に疲弊していた上、苦手な表現を目にして、本当に困惑した。

 

これは後から分かってきたことなのだけれど、Yちゃんは人によって話題を変えていた。友人の全てに同じ話をしてはいなかった。Yちゃんが私と話したのは、殆どが子どものことだ。Yちゃんの子どものこと。そして私の子どものこと。
いや。子どものことそのものというよりも、「それぞれがそれぞれの子どもに対してどうしたか?」だと思う。どんな思いで子どもと向き合い、何をしたか。
Yちゃんと私の人生には微妙に似た要素がある。

核家族。長女の生まれ。「長男としての」弟がいる。
就職氷河期に「社会」に出る。長時間労働も、深夜残業も、当たり前のように経験する。
結婚する。
Yちゃんは結婚と同時。私は結婚から2年後に職を離れる。
子どもを産む。
子どもを産んだあと、そのまま子育て中心の生活を送る――。

ご主人の転勤に伴って、環境の変化に次々と身を置いたYちゃんの来し方は、私のそれよりも明らかに密度が濃く、負荷も高かっただろうと思う。
けれど、お互いに「これは分かるでしょう?」という感じがあった。
これは推測になるけれど、もしかしたらYちゃんは、私と話すことで、自分の人生の検証のようなことをしていたのではないか。
検証。振り返りと肯定。
私の来し方を肯定することで、Yちゃん自身の人生を検証し、肯定するような。
その流れの中で出てきた「母性愛」という言葉だったのではないか……。

メッセージをもらって、そのときは「母性愛なんてものじゃないよ」とはぐらかしたけれど、その後しばらくしてそのことに気付いた。
気付いて、後悔した。
ありがとうと伝えておけばよかったものを、はぐらかしてしまった。

 

 

 

 

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世界の中心はワタシ

彼女=うちの小1女子。上に小4兄がいる。

 

 

思うところがあったので試してみた。

例えば彼女の用事で私が付き添うとき、敢えて私は彼女のかわりに喋らないことにする。
彼女一人で対応できることならば、彼女に任せてみる。

 

まず整形外科の定期受診の時に試してみた。
診察室に入ってすぐ、私は彼女から少し離れてみた。彼女にはもちろん事前に「自分で先生と話してみて」と伝えてある。
スポーツ整形が専門で、子どもを診る機会も多い先生だ。この状況からぱっと察して彼女を中心に診察を進めて下さった。
診察の内容もばね指や偏平足の経過観察なので、難しいことはない。
すると面白いことに、彼女はじっと先生の話を聞いて、ちゃんと受け応えもしているのだ。私が彼女の代わりに対応していたときにはこうではなかった。診察室をきょろきょろ見回したり。座っている椅子を回したり、揺らしたり。落ち着きがなかったのに。それがなくなった。

療育でも同じようにした。
彼女がこちらを頼りたそうにしていても敢えてスルーしてみた。療育の先生もぱっと察して、私だけが部屋から出ることを提案して下さった。こちらもそれはぜひ試してみたい。よろしくお願いします。いうことで、いわゆる「親子分離」での指導となった。
「親子分離」といってもどうということはない。幼稚園や習い事など、私がいない状況でも彼女はそれなりにやっているはずだ。普段通りということ。ただ、ここでは(ご自身がおっしゃったことには)「圧が強い」先生と一対一だ。
けれど多分、これが「当たり」だろうと思った。そして実際にそうなった。私が部屋を出ると同時に彼女はさっと切り替わった。ああ。わかりやすい。

 

まず彼女は「先生の前で良い格好をしている自分」を私に見られるのが嫌だったのかもしれない。これは大人にだってあると思う。
複数の人を相手にすると自身の人格や立場が定まらずに苦労する人はいないだろうか。
彼女は「先生に合わせている自分」を私に見られることに抵抗があったのではないか。

そしてもう一つ。

「ワタシの世界の中心はワタシ」

彼女に限らず子どもにはよくあるのではないかと思う。私自身はそうだった。
間違いなく「私の世界の中心は私」なのに、それを奪われたような状態になる。自分に関わりのある出来事なのに、自分をのけ者にして話が進んでしまう。そのうち私が私として世界に関わる感覚を失ってしまう。
目の前の「自分と関係のある何か」に応答したい。置き去りにされたくはない。そういうことだったのではないだろうか。または、「ワタシの用事なのにワタシは置き去りにされている。なのにどうしてワタシはここにいなければならないのか?」……ごもっとも。当たり前すぎてぐうの音も出ない。
「ワタシの用事にワタシとして関わらせてくれるのならば、ここでワタシはワタシの用事をします……!」
そういうことだったのかもしれない。
思えば私はそういう闘い(ささやかだけれど、重要な闘いだ)をかなり早い時期に放棄してしまっていたような気がする。周りの人が、全く私が考えてもいないようなことを私の考えや気持ちとして勝手に代弁する。私はそれを我慢し、飲み込む。そんなことに沢山のエネルギーを使ってしまったような気がする。もちろん心の底には怒りのようなものが常にあったけれど、それを宥めて過ごさないことには、私の居場所など、この世のどこにもないような気がしていた。しかもそれにどんどん慣れてしまっていた。

けれどどうやら彼女はそうするつもりはないらしい……。多分そういうことだ。
こういうことは内心に感じていても、口に出して表現することは難しいもの。
だから療育しかり、就学時健診しかり。彼女は居心地の悪さにまかせて逃避したのかもしれない。

 

ともかくそういう訳で療育での様子が劇的に変わった。それで、これまで幼稚園などでは見せてきた彼女の姿が療育での姿とつながった。このタイミングでならば、彼女がどのように転園後の園で過ごして、成長しているかを伝えられる。
親の思い込みや希望を織り込んだものではなく、実体のあるものとして伝えられるのではないかと思った。
それは実際にそうなった。
先生も、彼女の内面がこのように外に表れはじめていることに少なからず驚かれていたと思う。本当に意外だったのだと思う。特に運動会で彼女が示した倫理的な感覚にびっくりされていたと思う。(先生はそれを「正義感」と表現されていたように記憶している。でも私は「正義感」とは少し違うのではないかと思っている。)
彼女はそういう思いを日常的に表現する子ではない。忘れたころになって、ポロリと種明かしをするようなところがある。
何かを経験してから、口に出せるようになるまで、それを消化するような、そして言語化するような時間が必要なのかもしれない。そういう感覚も、何となくわかる。

これで、例え発達検査でどんな結果が出たとしても、療育の外での彼女の姿から大きく離れたイメージが、療育施設から就学先に伝わることはないのではないかと思った。
逆に言うと、それをしないまま検査を受けさせるのは怖かった。私自身にも拠って立つ何かが必要だったのだと思う。検査の結果に関わりなく、これが彼女だ、と言えるようなもの。彼女がつかみ取ったもの。
私も不安で、意気地がなかったのだ。
 

これらのやり取りをしたのが11月から12月にかけてだった。
そして年明け。
彼女が受けることになった発達検査は”wisc-ⅳ"という。

 

 

 

 

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クリスマスに視野検査の予約を入れた……話

私は初期の緑内障なので、毎月眼科に通うし、定期的に視野検査もしている。

視野検査とは「視野の欠け」を調べる検査だ。緑内障は眼圧が上がることで視神経が圧迫され、視野がすり減っていく病気だ。けれど眼圧が正常でもなることがある。わたしもそれ。眼圧が正常なのに発症したパターンだ。
この病気は遺伝の影響が大きい。親兄弟、親戚に緑内障の人がいたら、自分もそのつもりでいた方がいい。そういう人はたとえ自覚症状がなくても40歳を越えたら検査をするようにとのことだ。そして近視が強い人もなりやすいらしい。私は両方。緑内障にはなるべくしてなったのだろうと思う。

緑内障との診断を受けても、視野の欠けが始まっていなければそんなに慌てることはない。月一回眼科に通って眼圧を下げる点眼薬をいただく。眼圧を下げる薬は、正常眼圧の緑内障でも使う。もともと眼圧が高くない場合でも、薬で更に低くすることによって、視神経への負荷を減らすらしい。そうして視神経のすり減っていく速度を遅くしていく。
緑内障は現状では治らない病気だけれど、取り敢えずそれでもいい。治らなくても、生きている限り視神経が保ちさえすればいいというわけ。
後は子どもと情報を共有すること。子どもにも緑内障のリスクがあることを伝えておかなければならない。これは絶対に。

 

さて、視野検査なのだけれど、私は四半期に一度これを受けている。
これはどんな検査か。
私はこの検査を「何だかシューティングゲームっぽいな……。」と思いながら毎回受けている。
検査には半球型のスクリーンがある機械を使う。検査は片目ずつする。検査中は部屋が暗くなって、小さな光の点がそのスクリーンに映し出される。検査を受ける人はその前に座って顎を台に乗せ、額も当てる。顔が動かないようにしてスクリーンを覗き込む感じ。

検査が始まると、光の点が点滅しながらスクリーンの上を移動し始める。
光の点は消えては現れ、現れては消え。スクリーンの中を縦横無尽に移動する。
光の点が見えたら、即渡されているボタンを押す。そのボタンというのも、ジョイスティックのレバーのような形状なのだ。握って持って、親指で頭のボタンを押す。
のんびりした検査ではない。光の点は強弱を変えながらかなりテンポよく次々現れる。

上上下下左右左右……。
カチカチカチカチカチカチカチカチ……。

さながらシューティングゲーム……特にガンシューティングゲームのおもむき。検査機械からはガガッという音も響いてくるので、臨場感(?)もばっちり。これを左右一回ずつ行う。
この検査で調べているのは光の点が映った時にボタンを押せているかどうか。スクリーンに光の点が映っていても、見えていなければボタンを押すことは出来ないから。
それで視野のどの場所がどれくらい見えていないか、見えにくくなっているかがわかる。現在私がテンポ良くボタンを押せているのは、まだ視野がそれほどダメージを受けていないからだ。

 

さて、その検査をクリスマス当日に受ける予約を入れた。
予約を入れるにあたって、眼科の先生から大変心配をされた。

「そろそろ次の視野検査の時期なんだけれど、12月中に受けられる? 忙しかったりとかしない?」

「時期次第で受けられます。いつごろ空いてますか?」

「そうねぇ、月半ばとか……。25日も空いてるけれど。嫌でしょ? 25日は。」

「(ん? えっ?)ええと……。25日で大丈夫だとオモイマス……。」

「えっ? クリスマスに検査受けるの嫌じゃない?」

「(えっ?)いえ、大丈夫です。受けます。」

「本当に大丈夫? クリスマスの準備とかあるんじゃないの?」

「いや、大丈夫です。今年はクリスマスとか、もうそういう感じでも……。ハハハ……。」

「そう? じゃあ25日ね。」

まさかかかりつけの先生から、クリスマスの過ごし方について心配されるとは思わなかった。

この先生は年配のキレイ系の女性で、近所では「厳しい」と評判の先生だ。厳しいので、合わない人とは合わないらしい。でも面倒見が良くていらっしゃる。面倒見の良さについては、長くお世話になるつもりでこの先生にかかってみないと分からないかもしれない。
先生がうちのクリスマスを心配して下さったのは、私が定期的にお世話になり始めてからもう2年近く経っていたから。また、4月に都心の眼科を卒業した娘の転院先でもあるから(子どもの眼を診れる先生でもあるのだ)。そして、ステイホーム明けの視力検査に引っかかった息子の検査でお世話になってもいるからだと思う。
そこそこ長く通っている患者で、子どもたちの顔も知っている……。
それで何となく心配して下さったのかもしれない。厳しいと評判の先生だけれど、そういうところもある。

今年はうちは25日は特に何もしない。うちの場合は例年25日は「撤退準備」の日だ。うちのクリスマスのピークは24日から翌朝にプレゼントを開封するまで。その後は冬休みと、あわただしい「年末」が始まる。
それに特に、今年は誰か(特に子ども関連)と集まってパーティという雰囲気でもない。
もし子どもたち同士で集まるような話が出ていれば、25日の予定も変わったのかもしれないけれど。

 

 

 

 

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知能と知性。~彼女のうちがわ~

彼女=うちの小1女子。上に小4兄がいる。

 

 

ハッキリ言って知能検査なんて子どもに受けさせたくないよなぁ……と言う話で前回は終わった。
知能指数なんて、どんな数字が出ても嫌なものだ。

彼女の知能が一体どの程度なのかなど、それまで想像したことはなかった。
療育施設に最初にに伺った時の簡易な検査で「年齢相応」と言われていたので、そのイメージでずっとやっていくつもりだった。
だって「年齢相応」は優しい言葉だから。年齢相応と言われるのはとても幸せなことだ。そう言われればどんな未来だって選べるような気がしてくる。
年相応な感じの子が、成長して、自分の得意な領域を伸ばして、社会に出て、手応えを得る。年相応の子という言葉からはそういう未来が見える。だから、それだけで良かったのだ。現実はそう単純なものではないと分かっているけれど、人生ってそういうもの、希望ってそういうもの、子供の成長ってそういうもの……そういう感じがあるでしょう?
でも、一旦それ以上のことを知らされてしまったら、もうその幸せな状態には戻れないような気がした。くつがえすことが容易でない序列の中に置かれてしまう感じ。可能性の蓋を閉ざされるような感じ……。

正直なところ、普段の様子から「平均を割る」ことはないように思っていた。けれど彼女は、町中で見かける同年代の子どもたちと比べて、言うことやすることに「達者さ」が乏しいような印象もあった。苦手なことも多かったし。
転園前の幼稚園ではクラスメイトや周囲のお母さまから「トロい子」と思われているようなフシもあった。
小規模かつ「どんぐりの背比べ」状態の集団だったと思うのだけれど、彼女はいつも「マウントされる側」だった。運動が苦手だったから……という理由もあるとは思う。私自身もよそのお母さまから「うちの子自慢」めいた話をかなり聞かされたように思う。そして、そういう話を聞かされれば、「なるほど、よそのお子さんはこんなに達者なのだな」と感じていた。
だから、トータルで平均は割らないにしても「つまづきのような何か」はあるかもしれないと思っていた。周りの子と同じようにはできない何か。それが何かは分からないけれど……。

もちろん、支援側からすれば、知能検査はただの道具だろうと思う。
子どもの苦手なところを分析して、具体的な支援につなげる、ただそれだけの道具だ。
けれど、いざ身内や自分自身がそれを受けた時に「ただそれだけのもの」として受け入れることができる人が、一体どれだけいるだろうか――?自身のお子さんの知能検査をきっかけに、態度が強くなったり、あるいは卑屈になったり……という姿を、私は何人かの知人を通して目にしていた。

 

私はどうすればよいのだろうか?

 

***

 

これはもう、言うまでもないことだろう。
知性と知能は違うものだ。
私は彼女の「知能」についてはわからなかった。
けれど「知性」といえるようなものについては、転園以降、特に知能検査を受けることが決まってから、その気配のようなものが彼女の言動から見えてくるようになってきたような? そんな気もし始めていた。

 一番印象的だったのは10月の頭にあった「運動会」であったことを彼女が振り返って語ったことだ。

運動会のリレーで、彼女は「彼女以上に速く走れない子」と一緒に走ることになった。相手のお子さんには、早く走れないはっきりとした理由があった。
練習のときは、彼女は普通に走っていたようだ。「前より速く走れるようになった気がする」という話を何度も聞かされた。けれど、本番では何か変な感じだった。
変にゆっくりと走るのだ。しかも一緒に走る子の様子を頻繁に気にして、振り返っているような……。何だろうな? と思ったけれど、それはしばらく忘れていた。

「あれはね、できたらいっしょに走りたかったんだよ。いっしょに走れるほうがしあわせだからね。あまりうまくいかなかったけれどね。」

何がきっかけで、それを話す気になったのか全くわからない。運動会からひと月以上経って、もう色々なことを忘れてしまった頃に、出し抜けとも言っていいようなタイミングで彼女がそう言った。

自分より早く走ることが出来ない子を相手に全力で走って引き離すよりも、一緒に走れる方がハッピーだということ。
多分周りの子どもたちは先生から「全力で走りなさい」と言われて、勝ちにもこだわって……彼女もそれは重々理解していたと思う。それでも、転園して日の浅いこの時期に彼女は「ハッピーなほう」を選択した。
自身の経験と価値観を信じて行動を決めたと言ってもいいだろうと思う。
彼女は転園前は大体いつも「引き離される」立場にいたのだ。だからどうしても相手の子の気持ちを推し量らずにはいられなかったのだろう。
正直、この場合は一体どうするのが正解なのか? 大人でも難しい問題だと思う。けれど彼女は判断した。彼女自身の信念のようなもので、決めたのだと思う。

このエピソードだけではない。
ある時には皆の前で一人ずつ、自分が身に付けた「体育の技」のようなものを披露しなければならないことがあった。もちろん彼女には大したことはできない。こういう時は周りの様子を見ながら、失敗しなさそうなものをやるのがセオリーではあるけれど、彼女はそうしなかった。先生が「簡単なものではなく、難しいものにチャレンジして」とおっしゃったのを汲んで、「今まで一度も成功したことがないもの」をやろうとした。
当然成功するわけはなく、非常に危なっかしい一幕となったけれど、やる気だけはちゃんと先生に伝わったようだった。

また、自由遊びで友達ともめそうになった時は、相手を信じてひとまず退くような高度なやり取りができるようにもなっていた。
ボールの取り合いのようなことが起こりそうになって、明らかに彼女に権利があるようなケースで、彼女は一旦ボールを相手に譲ることにしたらしい。それを受けて、相手はじゃんけんでどちらのボールにするか決めようと言った。そしてじゃんけん。結果は彼女の勝ち。でも何となく、相手も「彼女に勝たせるつもり」のじゃんけんだったようだ。彼女も、相手の子も互いにかなり複雑ななやり取りをしている、と思うのは私だけだろうか? 

彼女も相手の気持ちや感情、また自分の置かれた立場を理解して、その上で自分なりの判断が出来るようになってきていたのだと思う。

知能はどうかわからなくても、知性のようなものは多分ある。そう考えてようやく私の肚も決まった。

 

しかし、さて、そうなってくると、ますます療育での様子と、それ以外の場での様子が違ってきたことになる。

私はこれまで「療育の外で彼女が出来たこと」はあまり先生に報告せずにやってきた。療育での様子が様子だったので、外でのことを私があれこれ説明しても説得力がないだろうと判断していたから。実際、彼女が外で出来ていることを私が説明しても、先生の反応は薄かったように思う。「不要な予備知識を入れたくない」という思いがおありだったのかもしれない。ご自分の眼で実際に見たことをもとに、彼女がどんな子なのかを判断をするということだったのかもしれない。

けれど、そろそろそれを伝えなくてはならないのではないか? と思い始めていた。
そうでないと、幼稚園と、療育と、また私から見る彼女と、印象が全てバラバラのまま、就学先の小学校に彼女の情報が渡ってしまうことになる。
そうなってしまうのはとてもマズいような気がした。
知能検査を受けて、どのような結果が出るかわからないからこそ、これは伝えなくてはならないのではないか――?

 

 

 

 

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小1女子のライフハック

うちの小1女子はこれまで宿題が面倒くさかったらしい。

 

今年のクリスマスには16弦ライアーを貰ってオリンポスごっこをするつもりだったり、将来の夢は紫式部だったり、昨年の就学時健診ではしんどいことになったりしたていた女の子のことだ。

話は飛ぶけれど、彼女は現在無事に兄と同じ近所の小学校に通っている。そこに至るまでのオハナシはまた別途ということになるけれど、ふたを開けてみれば、色々心配していた割に随分楽しそうにやっている。

先生が大好きで(担任は優しく素敵なお姉さま先生だ。)教室では積極的に授業に参加していると聞く。そして友達もいるようだ。充実している。

けれど彼女は、地道な漢字の書き取りや問題数多めの計算プリントが「面倒くさい」らしい。帰宅後なかなか宿題に手をつけない。そうはいっても先生に格好悪いところを見せたくない。だから、そのうちやるにはやる……のだけれど、宿題をあまり遅い時間まで引っ張るとあまり良いことがない。時間が遅くなればなるほど能率が落ちる。小学生のお子さんがいらっしゃる親御さんなら、そのあたりはよくご存知なのではないだろうか? 親としてはさっさと片付けて欲しいこの気持ち……。

そして彼女の「面倒くさい」にはもう一つ理由があった。それは特に年度の前半、平仮名プリントをやっていた頃なのだけれど、彼女ならではの完璧主義をこじらせた。

「(大好きな)先生が書くのと同じ字にならないよぅ!」

毎日泣きながらひらがなプリントを書いては消し、書いては消しを繰り返していた時期があった。涙と消しゴムの当てすぎで穴の開いたプリントを何度も提出した。果たしてこの子は書道家にでもなるつもりなのだろうか? と思うほどの拗れようだった。ちなみに、これでは親子ともに辛いと思って彼女のお友達のお母さまに宿題中の様子を聞いてみたところ、そのお嬢さんも似たような感じで書き取りの宿題をしていたらしい。こういう子がいるのはうちだけじゃなかった。びっくりだ。しかも身近に。類は友を呼ぶのだろうか……?

 

この完璧主義については最近随分消失した、と思う。手の抜き方がうまくなったのかもしれない。また、以前よりも授業のスピードが上がって来て「一文字一文字こだわっていては身が保たない」状況にもなってきたのかもしれない。けれどそれでもまだ、苦手意識が残っているのは変わりない。帰宅後なかなか宿題に取り掛からない時期が数か月続いた。彼女は帰ってきたらまずおやつを食べる。そのあと本を読む、または眺める。この読書が実は曲者。彼女には多分過読の傾向がある。意識が活字に引き寄せられる。読み始めたら何も聞こえなくなる。さあ、大変。

そんなこんなでグダグダの放課後はしばらく続いた……。

けれど最近彼女は「宿題にすぐ取り掛かる」そして「すぐに終わらせる」ための技を生み出した。それが意外なほどに効果があった。
技と言っても目新しいものではない。宿題中に音楽をかける。ただそれだけなのだけれど。

 

うちにはAmazonのFireタブレットがある。新しい方のモデルだと思う。レスポンスが軽快なのでAlexaを常駐させて使っている。
彼女がAlexaにリクエストした。

「べんきょうをするときの音楽をかけて」

うちの子どもたちはAlexaに話しかけることに全く抵抗ない。いろいろ話しかけて、遊んで、Alexaがかなりあいまいなリクエストにも応えてくれることを知っている。

Amazon musicには、勉強のおともにオススメのプレイリストが何種類かある。
勉強のための、ロック、ポップ、クラシック……。
その中に彼女の気に入ったものがあった。「勉強のためのバッハ」だ。
聞きながらやってみたら、大変はかどった。
彼女は宿題の度にプレイリスト「勉強のためのバッハ」をリクエストするようになった。宿題だけでなく、何か勉強をするときはバッハがお伴になった。

一年生の宿題なので、プレイリスト内の楽曲を全部再生するほど時間はかからない。
プレイリストの最初のあたりで終わる。音読は音楽なしでやっているので、それ以外は20分くらいで片付くようになった。(親のチェックと直しは別のタイミングでやるのでその中には入っていない。)
グダグダだったころに比べると大変な進歩だ。
音楽を掛けることで宿題が早く終わることに彼女自身が一番驚いている。
「これはAlexaとバッハのおかげ」だとか。

 

 

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これはむかーしアンパンマンブロックで作った「バッハ」……。
Googlephotoから発掘しました。

 

 

音楽を聴きながら勉強をするのはティーンエイジャーのような、受験生のようなスタイルだと思う。私も中学、高校の頃は深夜ラジオをよく聞いていた。
誰でもいつかはやることになることだとは思う。けれどそれでもこれは立派な「小1女子のライフハック」だ。

ちなみに彼女は曲に気に入ったところがあると、宿題をしながらでもその部分を良く巻き戻す。
いや、音楽を巻き戻すというのはカセットテープを使った経験のある世代の表現だ。今はシークバーを動かす、サーチする、というのかもしれない。「巻き戻す」は多分遠くない未来に消える言葉だろうと思う。

 

***

 

そういえば、Alexaは宿題をやりたくないとこぼす子どもの相手もしてくれる。優しい正論が返ってくる。知ってた?

 

 

 

 

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